第6章 『変数る』
木曜日。
珍しく私は、理工学部棟の中を歩いていた。
湯川先生に演奏会のチラシを渡すためだ。
研究室の場所はもう分かるようになった。
「第十三、第十三……」
廊下の角を曲がる。
「…………」
そこで、足が止まった。
先生がいた。
ただし、一人ではなかった。
「湯川先生、ここ分からないんですけど……」
「どこだ?」
「この式です」
「これは前提が違う。ここで使うのは──」
女子学生が一人、二人、三人。
いや、もう少しいる。
「…………」
そういえば、友人が言っていた。
『講義だって女子ばっかりって有名じゃん』
ああ、本当なんだ。
「先生、今日ってこのあと研究室いますか?」
「いるが」
「じゃあ質問しに行ってもいいですか?」
「構わない」
「やった」
女子学生が嬉しそうに笑う。
湯川先生は、いつも通りだった。
特別、愛想がいいわけでもない。
けれど、質問されれば答えるし、
普通に会話をしている。
「…………」
手元のチラシへ目を落とした。
別に、何もおかしくない。
大学の先生が学生に質問されている。
ただ、それだけ。
「……そりゃそうか」
小さく呟く。
私と話すときだけの人じゃない。
そんなこと、当たり前なのに。
「…………」
何故だろう。
胸のあたりが、少しだけ落ち着かない。
今日はやめようかな。
別に急ぎじゃない。
次に会ったとき渡せばいい。
そう思って踵を返そうとした。
「星宮君」
その声に足が止まる。