第6章 『変数る』
その日の昼過ぎ。
経済学部棟の前を歩いていると、
後ろから聞き慣れた声が飛んできた。
「おーい!」
「あ」
振り返ると、
同じゼミの男子学生がこちらへ走ってきていた。
「探した」
「何?」
「教授から連絡。次の発表、俺ら同じグループだってさ」
「マジ?」
「マジ」
「うわ」
「その反応ひどくない?」
「いや、発表が嫌なの」
「俺が嫌なのかと思った」
「それも三割」
「あるんかい」
笑いながら、肩を軽く叩かれる。
「で、今日空いてる?」
「夕方から部活」
「その前は?」
「三時半くらいまでなら」
「じゃあ図書館行こうぜ。資料だけ決めたい」
「いいよ」
並んで歩き出す。
「そういえば、お前最近、理工学部の方よく行ってない?」
「行ってる」
「何しに?」
「フルート練習しに」
「なんで理工で?」
「人少ないから」
「へえ」
そんな話をしながら歩いていると、
少し離れた場所を一人の男が歩いているのが見えた。
「あ」
先生だ。
私は声を掛けようとした。
けれど、
先生は一度こちらを見た。
私と、隣を歩く男子学生を。
ほんの数秒、
それから何も言わず、そのまま歩いていった。
「…………」
「何?」
「いや」
「知り合い?」
「うん」
「理工の先生?」
「そう」
彼も遠ざかっていく先生の背中を見る。
「……あれ、湯川先生?」
「知ってるの?」
「名前くらいは。結構有名じゃん」
「やっぱり有名なんだ」
「お前、知らなかったの?」
「最近知った」
「マジかよ」
呆れたように笑われる。
なんとなく、
もう一度先生の背中を目で追った。