第5章 『識別る』
けれど。
私も、もう一度だけ窓の外を見た。
「…………」
やっぱり、先生だ。
白衣を着ていなくても、遠目でも、
不思議なくらい、すぐに分かった。
先生はこちらを見ていた。
いや、
正確には──、
こちらから聞こえる演奏に、
耳を傾けているようだった。
「……ねえ」
「今度は何?」
「あれ、誰見に来たの?」
「知らない」
「…………」
「何、その顔」
隣の子が、私と窓の外の先生を交互に見る。
「どう見ても、あんたじゃない?」
「なんで」
「だって、ずっとこっち見てるじゃん」
「演奏を聞いてるんでしょ」
「わざわざ?」
「…………」
「しかも、あの湯川先生が?」
「…………」
何も言い返せないでいると。
「ねえ」
隣の子が、にやりとする。
「あんた、何したの?」
「何もしてないって!!」
「じゃあなんで湯川先生がオケの練習聞きに来るのよ」
「私が知りたいよ!!」
「怪しい」
「何が!!」
「静かに!!」
「すみません!!」
また怒られた。
隣の子は肩を震わせて笑っている。
私は誤魔化すようにフルートを構え直した。
もう、勘弁してほしい。
そう思う。
思うのに。
「…………」
もう一度だけ見たい。
そんなことを思ってしまった。
けれど、今度こそ前を向く。
フルートを構え、息を吸う。
指揮棒が上がった。
再び、いくつもの音が重なり始める。
その中へ自分の音を乗せながら、
窓の向こうに先生がいることを、どうしても意識してしまう。
──聞いている。
先生が。
私のいるオーケストラの音を。
それだけなのに。
胸の奥が、ほんの少しだけ、浮ついていた。