第5章 『識別る』
「先生」
「何だ?」
「昨日、窓閉めました?」
翌日、
構内で偶然会った湯川先生に尋ねると、
彼は僅かに眉を動かした。
「なぜ分かる?」
「途中から反響の感じがちょっと変わったから」
「そんなことまで分かるのか?」
「ずっとあそこで吹いてれば、なんとなく」
「なるほど」
「で、閉めました?」
「ああ」
「うるさかった?」
「違う」
「じゃあ何で?」
「集中するためだ」
「…………」
私は先生を見る。
「やっぱり邪魔だったんじゃないですか」
「そうではない」
「同じじゃないですか」
「違う」
妙に強く否定された。
「音が邪魔だったのではなく、僕が音に意識を向けたことが問題だ」
「……はい?」
「星宮君の演奏に変化があると、原因を考えてしまう」
「…………」
「その結果、論文を読む速度が低下した」
「それを邪魔っていうんじゃ」
「違う」
「違うんですか」
「違う」
三回言った。
本人が違うと言うなら、違うのだろう。
……多分。
「じゃあ今度から短くします?」
「その必要はない」
「でも」
「星宮君の練習時間を僕の都合で変更する合理的な理由がない」
「……先生って」
「何だ?」
「本当に面倒くさいですね」
「何故そうなる?」
「なんでもないです」
笑いながら歩く。
いつの間にか、
湯川先生とこうして話すことに、
ほとんど緊張しなくなっていた。