第4章 『交差る』
「コーヒーは?」
「え?」
「飲むか?」
意外な言葉だった。
「先生、出してくれるんですか?」
「その程度で驚くな」
「いや、なんとなく」
「何だ?」
「人に飲み物とか出さなそう」
「星宮君は僕を何だと思ってるんだ」
「変な物理学者」
「さっきからそればかりだな」
「最初の印象が強すぎたんですよ」
先生がコーヒーを用意する。
「あ」
「何だ?」
「私、ブラック飲めないです」
手が止まった。
「…………」
「その顔やめてください」
「コーヒーを飲むと言っただろう」
「コーヒー飲める=ブラック飲めるじゃないですよ」
「砂糖はある」
「ミルクは?」
「ない」
「じゃあ砂糖多めで」
「どの程度だ?」
「適当に」
「適当では分からない」
「先生、こういうところ本当に面倒くさいですね」
「量を指定しない星宮君の方に問題がある」
「じゃあ二つ」
「最初からそう言えばいい」
「はいはい」
目の前にコーヒーが置かれた。
少し年季の入ったマグカップだった。
真新しさはないけれど、綺麗に手入れされている。
きっと、この研究室で長く使われてきたものなのだろう。
「ありがとうございます」
一口。
「…………苦い」
「砂糖を二つ入れた」
「先生のコーヒーが元々濃いんですよ」
「そうか?」
先生は自分のブラックコーヒーを平然と飲んでいる。
「よくそれ飲めますね」
「普通だ」
「絶対普通じゃない」
「基準が主観的だ」
「また始まった」
私はまた笑った。
雨音、コーヒー、数式だらけの研究室。
膝の上には、フルートケース。
妙な組み合わせだった。
でも、不思議と居心地は悪くなかった。