第4章 『交差る』
「すご……」
机、本、論文、資料、見たこともない機材。
ディスプレイには数式、黒板にも書きかけの数式。
「…………」
何一つ分からない。
「先生」
「何だ?」
「私、ここにあるもの一個も分かりません」
「そうだろうな」
「即答しないでください」
「星宮君は経済学部だろう」
「そうですけど」
「僕が君の専門書を見ても、全て理解できるとは限らない」
「……そういうものですか?」
「専門とはそういうものだ」
先生が濡れた白衣を脱ぐ。
「…………」
何気なく目を向けて、すぐに逸らした。
——いや、
何を意識してるんだ、私は。
白衣を脱いだだけだ。
それだけ。
『背高くて、白衣で、めちゃくちゃ顔いい人!』
友人の声が蘇る。
余計なことを教えないでほしかった。
「そこに座ればいい」
「あ、はい」
促された椅子へ座る。
フルートケースを膝の上に置いた。
窓を見ると、雨はまだ降っていた。
「結構降ってますね」
「ああ」
「止むかな」
「予報では一時間以内に弱まる」
「先生、天気予報見るんですね」
「見るだろう」
「なんか全部計算して天気当てそうだから」
「僕は気象学者じゃない」
「冗談ですよ」
「面白くない」
「ひどい」
先生は机の方へと戻った。
私は改めて研究室を見回す。
ここが、
湯川先生のいる場所。
いつも私がフルートを吹いているとき、
先生はここにいる。