第3章 『誤差る』
「……何の話をしてるんだ」
小さく呟く。
当然だ、論理的根拠がない。
女子学生同士の、他愛もない会話に過ぎない。
聞く価値もない。
今度こそ歩き出す。
しかし、
「顔いいと思わない?」
「まあ……顔は整ってると思うけど」
「…………」
また足が止まりかけた。
すぐに歩調を戻す。
馬鹿馬鹿しい。
完全に聞く必要のない情報だった。
*
研究室へ戻る途中、何故か先ほどの光景が頭に残った。
星宮君がフルートを持っていなかったからだろうか。
いつもとは印象が違った。
当たり前だ、彼女は経済学部の学生なのだから。
講義を受ける、友人と食事をする、将来について悩む、部活動に参加する。
その生活の中の、ごく一部分だけが、
自分の知っている星宮君だった。
「…………」
湯川は歩きながら眉を寄せた。
なぜ、そんなことを考えている。
自分が知っているのは、彼女の演奏だけ。
それで何も問題はない。
むしろ、それ以上知る必要がどこにある。