第2章 『観測る』
「ところで」
湯川先生が言った。
「先ほどから同じ個所で失敗している理由は何だ?」
「指です」
「指?」
「ここ」
私は譜面の一箇所を指差した。
「この並びが苦手なんです。ゆっくりなら出来るんですけど、テンポを上げると追いつかなくて……」
「なるほど」
先生が、譜面を覗き込む。
──近い。
そう思って私は半歩だけ横へずれた。
けれど彼は気づいていないらしい。
「つまり、一定速度を超えると運動が破綻する」
「……そんな大袈裟な」
「本質的には同じだ」
「そうですかね」
「現在のテンポは?」
「え?」
「メトロノームは?」
「今日は持ってきてないです」
「スマートフォンにあるだろう」
「あ」
先生に言われて気づいた。
確かにある。
アプリを開いてテンポを設定する。
「これくらいです」
「吹いてみてくれ」
「今ですか?」
「今以外にいつ検証するんだ?」
「検証……」
また始まった、とは思ったけれど。
私は言われた通り、フルートを構えて吹き始める。
問題の箇所へ差し掛かる。
──やっぱり引っかかった。
「もう一度」
「はい」
また吹きなおす。
「もう一度」
「……はい」
三回目、また失敗する。
「次はテンポを落として吹いてみてくれ」
「どれくらいです?」
「まず十だ」
言われた通りに吹き始める。
今度は通った。
「次は五上げる」
「はい」
また、通る。
「もう五だ」
──失敗する。
「なるほど」
湯川先生が顎に手を当てた。
「境界はこの付近か」
「境界って」
「できる速度と、できない速度の境界だ」
「まあ……そうですけど」
「なら、その直前を反復すればいい」
「え?」
「失敗する速度で何度繰り返しても、失敗する動作を反復しているだけだ。正確に処理できる最大速度付近で運動を定着させ、そこから段階的に上げた方が合理的だろう」
「…………」
私は瞬きをした。