第10章 私の居場所
瞬く間に数年が過ぎた
あたしはやっと事務の正社員の仕事につくことができた
薄給ではあったが、ちゃんとした正社員扱いだった
初めて安定して明日行くところがある生活は
どれだけあたしを心強くしただろうか
その仕事が決まった日も
あたしはピージ・ブリーシスに行った
マスターはあたしの話を聞いて一緒に喜んでくれた
それからも、ほとんど欠かさず
週に1回は店に通った
ピージ・ブリーシスという名が
ギリシャ語で『水飲み場』という意味だと教えてもらったのは
だいぶ経ってからだった
マスターは別に気の利いたことを言うわけではないし
コーヒーもココアも普通の味だった
ただ、あたしにとって
いつも、そこにいる誰かがいたのは
いつでも、行くことができる場所があったのは
生まれて初めてだった
いつの間にか
吐き気も頭痛もなくなっていた
夜中に一人で泣くことも少なくなっていた
あたしは、ピージ・ブリーシスで
たまたま知り合った人と結婚した
結婚式に親なんか呼ばなかった
むしろ、マスターを呼びたいくらいだった
今日も、私は夫と一緒に
ピージ・プリーシスでコーヒーを飲んでいる
「どうしたの?」
夫が私の顔を見て不思議そうにした
ああ、何かにやけてたかも
今、あたしは幸せだ
辛いことがいっぱいあって
長いことたった一人で歯を食いしばっていたけれど
たった一杯のココアを飲むために入った場所が、
あたしの人生を支える大切な場所になっていった
ココは『水飲み場』という名前の
あたしのキセキなんだ