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鬼道有人の初恋

第1章 第一話



 サッカーで、フットボールフロンティアで三連覇し、妹を引き取る。もっとよく顔を見せてくれ。帝国の頂点に立ち続け、将来は鬼道財閥を牛耳る。二人で話がしてみたい。関係ないはずなんだ、あの女は。鬼道の表情が切なく顰められる。……だがどうしても彼女を知りたい。

 甘い痛みが胸を支配していた。この後も予定が詰まっている、早くこの場を立ち去らなければならない。それなのに彼女から目を離したくない。もっと彼女を見ていたい。指先が感覚を失って震えている。そして、なにより……。

 ――――もう一度あの走りを見たい。

「鬼道?」

 その場に立ち尽くして微動だにしない鬼道の様子を不審に思ったのか、あとからやってきた彼と同学年の佐久間が鬼道に声を掛けた。

 鬼道は夢から覚めたようにまばたきをして、ようやく彼女から視線を逸らして佐久間を見る。佐久間は鬼道のおかしな様子に怪訝な顔をしていたが、鬼道が見つめていた先を見るなりああ、と肩を竦めた。

「もしかしてか?」
「、……?」

 佐久間が零した名前を鬼道はゆっくりと呼んで繰り返す。名前の響きは魅力的な調べに聞こえ、鬼道の胸の鼓動を速めた。じんわりと胸の中で何かが溶け広がる。佐久間は実に興味なさそうに寺門のクラスメイトだと彼女のことを話した。

 曰く彼女は有象無象の中の一人。勉強はからきしで、人との交流も希薄だという。しかしながら特筆すべきは運動能力。多方面に優れ、特にその俊足に勝るものはもはや全国区にしかいないレベルだと。入学早々、控えめながら清楚な容姿も合わさって陰ながら噂になっていたようだ。

「地味で暗い奴だ。クラスでも浮いてるらしいしな。……鬼道?」

 鬼道はもう佐久間のことを見てはいなかった。再び彼女、という少女のもとへひたすらに視線を注ぐ。何度も何度も胸の中で彼女の名前を転がして噛みしめた。

 彼女は誰とも言葉を交わさず、俯いてタオルで汗を拭っていた。白い肌をタオルが覆い、彼女の顔が見えなくなる。それが理由もなく寂寥を感じさせる。

 ひとりぼっちでまったく笑わない。あんなにも美しいのにその輝きを誰も見ていない。そんな彼女を見ていて胸がつきんと痛む。

 艶やかな黒髪を靡かせ彼女は歩いている。彼女はちらとも鬼道のことを見なかった。
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