第3章 第三話
胸の奥で甘い痛みが蠢く。一心に自分を見つめる彼女の姿に、鬼道は改めて胸打たれずにはいられなかった。
囁かれた声に、自分を映した瞳の美しさに。自分がこれまで求めてやまなかったものの片鱗を見た。その微笑には彼女自身の心が投影されていた。世界に鮮やかに色を塗りつけた、出会ったあの日の微笑みだ。
ただあの日と違うのは……、砂糖菓子のように甘いの声や瞳に映る鬼道へ向けられた感情の変化だった。
まぎれもなく今、彼女は個としての鬼道有人を見つめている。他には目もくれず、鬼道だけを見つめて微笑みかけていた。鬼道が与えた言葉に心を許したのだ。たったこれだけで、こんなにも……心が満たされるのか。
「……」
頬が熱を持っている。指先に触れたの頬、……そして俺のものも同じように。
ぞくぞくと腹の奥から溢れかえる感情が鬼道を貪欲にさせる。もっと色んな色を見てみたい。ありのままのの微笑、涙、他の感情でさえ見てみたいと思った。彼女の心を聞き、その目で俺を見ていてほしい。この手で奥深くまで触れ、彼女の心に浸したい。
その微笑みだけで俺を満たしてくれるのなら、彼女の心が向けられた時、俺の世界はどんなに鮮やかな色を映すのか。
新たな欲望が顔を出す。強く抗いがたい感情が鬼道の心に根付き始めていた。
――――の心が欲しい。
そのために、己がに与えられるものを鬼道は悟った。
興奮が体の中に渦巻く。もしも、己の言葉一つがの感情を彩るのだとしたら……。自分にとってがそうであるように、自分自身がにとって他のものに代えがたい存在になれたら……。あくまで夢想に過ぎないが、堪らなく甘美な可能性だった。
「また、あとで俺の所へ来い」
今にも溢れ出してしまいそうな感情を押さえ、余裕ぶって微笑む。以前無理やり呼びつけたときは彼女がどう思っているのかは分からなかった。
だが、今は違う。は懸命に首を縦に振って、あまつさえ小さな声で呼びかけに答えた。改めて鬼道は、確信に至る。
「……」
彼女の心を手に入れる。それがの心に触れるための手段だと。