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鬼道有人の初恋

第3章 第三話



 他の女には感じたことのない感情がこみ上げ、咳払いでそれを誤魔化した。早鐘を打ち始めた胸の鼓動に落ち着けと言い聞かせ、落ち着きを取り繕って口を開く。

「」
「……はい」
「俺はお前を評価している。こと走りにおいては、この学園の誰よりもな」

 吸い込まれそうな濡れた黒い瞳。壮麗でありながらも、どこか可愛らしさがあって勝手に表情が緩まされる。鬼道は心のままにに語り掛けた。

「自信を持て」

 萎縮や過度な自己否定の姿勢は成長を妨げる。が自分自身を肯定できないなら、俺だけでも彼女の才を……。見たものを肯定したい。そうすることで彼女がきちんと胸を張ることができるのなら。

 お前を見つけられない奴のことなど見向きもしなくていい。

「……お前が自分を無下にしていては、お前を評価する俺の立場もないだろう?」

 冗談めかして笑う。本当は俺の立場など微塵も気にする必要はないが、こういった方が今の彼女には効果があるだろうと踏んだ。人の目を気にし、肩を丸めている奴だ。俺の為だと、そう言っておけば不服でも自分の才を認めざるを得ないはずだ。

「鬼道さん……」

 誘うような声色に呼ばれて、堪えていた指先を鬼道は抑えられずに持ち上げる。彼女は少しだけ身を固くしたが、鬼道の手が身体に触れても拒むことはなかった。
 触れた鬼道の指先は頬に落ちた彼女の髪を掬ってそっと耳に掛けてやる。そのまま指先を滑らかな頬に滑らせると、薄桃色だった頬がさらに赤みを増す。

 雪のように真っ白な肌に紅椿色を差し、それが目を見張るほど美麗に鬼道には見えた。

「……いいな? 」

 澄んだ夜空に似た瞳の中に赤い光が迸る。火花のように燃えたそれは幻覚か、それともゴーグルの奥に宿した鬼道の眼の色を灯したのかは分からない。

 ただは鬼道を見つめて目を細める。瞳から零れた一筋の雫が鬼道の指先を温かく濡らした。

「はい……、鬼道さん」

 桜色の唇が弧を描き、鬼道の名を囁いた。その声には初めて温度を伴った信頼が滲んでいた。彼女は目を細め、触れた鬼道の指先に頬を預けるようなしぐさを見せた。心が震える。わずかにだが、彼女の心が開かれたことを感じ取った。
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