第3章 第三話
「そんな……、わざわざ鬼道さんのお時間を……。……私なんかに」
弱々しく呟いた彼女の発言に鬼道は眉をひそめた。思わず二の腕に触れた手に痛いほど力がこもる。たとえ彼女自身の口から零れた言葉であっても聞き捨てならない。間髪を入れず鬼道は口を開く。
「私なんか、じゃない。自分を卑下するな」
その声には明らかに苛立ちが滲んでしまっていた。低く、語気強い鬼道の声にビクっとは肩を震わせる。彼女は俯きながら胸に押しあてた両手を縋るように握り締めた。
その手は緊張からか、それとも恐怖心からか……小さく震えていた。鬼道の胸の奥にずきりと刺すような痛みが走る。
怯えさせるつもりなどない……。ただ俺は、彼女自身の言葉であってもあの走りを、という人間そのものを軽んじてほしくないだけだ。少々、強い言葉だったのは否定しないが……。
彼女のことになるとつい、言葉の精査ができなかった。なぜ俺は彼女を前にすると感情が言葉を押し出してしまうのか。
あまりのままならなさに、鬼道は思わず天を仰いでしまいそうな気分になる。……自信の無さはのせいではない。帝国の弱者を認めない環境が彼女をそこまで追い込んでいるのだ。
成績下位の者への風当たりは教師たちからも強い。誰も有象無象の人間に価値を見出したりはしない。数字でしか物事を計らない。
――――だが、俺は違う。俺はお前を見つけた。
静かに息を吐いて鬼道はを見つめる。伏した目を縁どる長い睫毛が涙の雫を纏っていた。触れて拭ってやりたい気持ちを必死に抑えながら、ありのままの彼女の姿を見つめる。
今にも壊れてしまいそうなほど繊細で、その中に誰にも届きえない美しさを秘めている。
「お前の走りには価値がある。……俺はそう判断している。でなければ、わざわざここまで見に来たりしない」
できる限り柔らかく、噛んで含めるようにして彼女に説く。数値では計り知れない俺にとっての価値がお前には存在している。……それを何としても伝えたいと思った。
「、顔を上げろ」
鬼道の声を受けて、がおずおずと顔を上げた。恐々と潤んだ眼差しを鬼道に向けている。鬼道は彼女の瞳に中てられて、今度は自分の方が顔を逸らしそうになる。