第1章 第一話
走り出した少女の姿に鬼道は目を見張った。息をのみ、勝手に足が動き出す。グラウンドの敷地ぎりぎりまで彼は彼女の走りを見ようと歩み寄った。
初めて見た彼女の走りは鮮烈だった。それはハヤブサが飛ぶように速く、獲物を狙うチーターが駆ける姿のように洗練されている。いやそれ以上に。彼女は美しかった。
雪のように白い細くも鍛えられた筋肉が躍動する。頭の頂点からつま先までしなやかに動く。大きな瞳は真っ直ぐに前を見据え、何者よりも速く先を行く。その顔に先ほどの険しさはどこにもなかった。
走る喜び、清々しさ。それを映した表情が鬼道の目に留まる。今の彼女は先ほどの少女とはまるで違う人物に見えた。陰鬱だなんて……、愚かしい形容をしたものだ。彼女ほど純美で燦然としたものを見たことがないのに。
目もあやな長い黒髪が彼女を彩って舞い踊る。例えるならばまさに風。どこまでも自由で何者にも掴めない。グラウンドを駆ける彼女は正しくそんなふうに見えた。
刹那の間に心を奪われ、もはや鬼道有人はその走りの虜だった。
――――なんて、美しい……。
陽の光も差さない閉鎖的な帝国学園のグラウンドで、走る彼女だけが唯一の輝きを放っているように鬼道には見えた。ゴーグルの中に映った視界、そこには彼女の姿があり、他のものは何も彼の意識に潜り込まない。
ドクン、と大きく高鳴った胸を抑える。目の前に映る光景に少女の姿にうまく息ができなくなる。無意識に彼女の走りに引き寄せられ足が地面を擦った。こんなに心を揺さぶられるものを見たのは初めてだった。己の深部で強く拍動する心臓の音がやまない。
あっという間に百メートルのコースを走り切って減速する彼女から目が離せなかった。
名は何と言っただろう。少女をじっと見つめながら鬼道は思う。ようやく呼吸の仕方を思い出したが、走った後のように浅く速い呼吸を彼は繰り返す。
同学年か、それとも上級生か。なぜ……、そんなことが気になる? 彼女はいったい……。考えたことないことばかりが頭に浮かぶ。滾々と湧き出るような欲求が。