第3章 第三話
「……」
どうして、ここまで鮮やかな走りができる……。胸の中になだれ込む感情に鬼道は息を呑むことしかできなかった。
彼女の走りを見たときの衝撃は忘れられない。だが一度ならず何度も、その目で捉えるたびに。彼女の走りは鬼道の心に鮮烈な印象を植え付けた。
まるで重力を感じさせない軽やかさ。空高く飛ぶ鳥のように優美で、風に舞う花びらのように繊細だ。しなやかな筋肉の躍動に、彼女の軌跡を辿る黒髪がきらめいてさえ見える。
やはりいい、走っているときの彼女は何物にも囚われずに自由そのものだ。爽快で心地よく、柔らかに鬼道の心を一握りにしてしまう。世界のすべてが彼女のもとに集約されたかのようだった。
「……は」
震えた唇から息が零れる。ゴールラインを越えても、輝きの残渣が彼女をより流麗に彩っていた。
肩で息をし、清々しく天井を見上げるその姿には鬼道の前には露わにしない彼女本来の姿が見て取れる。……俺の前でもあの自由で飾らない姿を見せてほしい。そう思いながらも、心を許されていないのだから手が届かない。
彼女はコースを外れて歩き出し、ベンチに置かれたタオルに手を伸ばす。細い指先がタオルを掬いとると彼女はそっと汗を拭い始めた。その姿すら、魅力的に見えてしまうのだから重症なのかもしれない。鬼道は時間を忘れて彼女の姿を注視していた。
そのとき、汗を拭ったタオルを丁寧に畳んでいた彼女の視線が、実に何げなく鬼道の方へと向けられた。
「……っ」
鬼道は彼女の表情に衝撃が走ったのをその目で見て取る。は目に見えて動揺を浮かべて、ぎこちない動きでタオルをベンチに置いた。狼狽えながら背を縮こませるの姿に鬼道はもどかしい感情を抱く。