第3章 第三話
苦渋を噛みしめながら鬼道はゴーグルの奥で目を細めた。ふとした瞬間、ただ目的地へ向かう移動のさなかにすら彼女のことばかりを考える。彼は勇気のない指先を結んでは開いて、やり場のない感情を胸の中で増幅させる。
――――せめて、サッカー部の練習が彼女にとって価値になればいいが……。
初めて言葉を交わした時、彼女は俺たちの練習を見たいのだと言った。そう語ったの言葉こそが鬼道にとって一縷の望みであった。彼女に対し、鬼道が差し出せる唯一のものがサッカーかもしれない。
それに鬼道自身に、というわけではなくても。彼女が鬼道の世界にわずかにでも興味を持ってくれたことが嬉しかった。
俺の中心とも呼べるサッカーを、が好きになってくれたらどんなにいいか……。
彼女の心に期待を掛けながら、長く機を窺っている。彼女が知りたいと望んでくれるのならば、労を惜しむことなく、他でもない自分がサッカーについて答えたいと考えていた。
そのためにも苦境の打破は必須だった。今の彼女はきっと、鬼道が何を話しても弱々しく愛想笑いを浮かべるだけに違いない。
やるせない思いで、小さな陸上トラックの方へと視線をやる。広大な帝国学園の敷地の片隅、本来ならば鬼道が近寄ることもない場所だ。
だが彼はサッカーグラウンドへの移動を名目にしてここへ足を向けた。言葉を交わせないのなら、せめて一目だけでも彼女の姿を見たかった。
「位置について!」
鬼道がそこへ到達したのは、まさに今から彼女が走りだす瞬間だった。遠目にも彼女の艶やかな黒髪は存在感を放ち彼の目を惹く。室内灯の冷たい光の中に彼女の姿があった。無機質な機械音声のコールには傾注している。
「用意!」
ふわりとその髪が跳ね上がった瞬間、空間の中に電子音が響く。軽やかな音と共には強く地面を蹴り上げた。鬼道の瞳の中で彼女は風を纏いトラックを駆ける。