第2章 第二話
彼女の耳元に囁きかけながらも鬼道は一瞬臆する。ここまで無理を強いたが、本気で彼女が俺を拒絶しようというなら……。俺は強制するつもりはない……。
複雑な感情の中で鬼道は面を上げた。身体が離れると微かに感じていた彼女の体温が遠ざかる。それでも視線だけが再びお互いを繋ぎとめるように絡み合った。
の瞳はただひたすらに鬼道だけに注がれている。そして彼女は小さくだが、鬼道のために間違いなく首を縦に振った。
「……!」
些細だが大きな成果だった。鬼道は耐えられず頬を緩めてしまう。彼女が自分の言葉に応えてくれた。制御できない喜びが身体の奥から噴き上げてコントロールできない。
「約束だ」
これ以上彼女の前にいると醜態を晒してしまいそうだ。
浮かれて何をしでかすか分からないと、平然さを取り繕い鬼道はの手を放した。努めて何事もなかったかのように彼は赤いマントを翻す。
最後に彼女の姿を一瞥し、名残しさなど微塵も滲ませず。鬼道は背を向けて手をひらりと振った。
「ではまた後でな、」
去り際に言葉を掛けた鬼道の声は実に平静さを保っていた。だが……。彼女に触れていたその手はほのかに熱を帯びている。その温もりを強く胸に押し抱いた。
――――、。
彼女の名前を、姿を声を。鬼道は胸の中で噛みしめて余韻に浸る。練習の後……、また彼女に会える。そう思うだけで今の自分はまるで全知全能で何事も成せるような……、そんな愚かな気にさえさせられた。しかしそう錯覚してしまうほど晴れやかな気分だった。
――――また後で。
彼女と交わした約束を心の奥で噛み締める。がどう感じているのかは分からない。しかし少なくとも、その言葉を鬼道は心の底から期待していた。