第2章 第二話
ひとたび視界に入れてしまうと、逸らすこともできなくなる。鬼道は食い入るように彼女を見つめ続けた。一歩一歩距離を詰まるたび、あの日味わった甘い痛みが彼の胸を締め付ける。
「……!」
顔を伏せていた彼女がようやく鬼道の気配に気が付いて顔を上げた。鬼道を映した彼女の瞳が、何を思ってか大きく見開かれるのを見る。
ゴーグル越しに視線が絡み合った瞬間、闇に溶ける色をした彼女の瞳は、鬼道の姿を映して光を溢れかえらせる。それはまるで桜の花の間から注ぐ木漏れ日のような光。
……しかしそれは刹那の間だけであった。
「……っ」
彼女はすぐさま鬼道から視線を逸らす。そして気まずそうに俯いて目を伏せた。その瞳の色を隠すよう白い指先が前髪に触れ、その手は彼女の顔すらも覆い隠す。彼女の見せた不可解な仕草に鬼道は拳を握り締めた。
――――なぜだ。
たった数秒の間にどれだけの感情が渦巻いたか分からない。が見せた一筋の光に魅せられて、その光に弄ばれて。鬼道は彼女の心を知りたい衝動に駆られる。
許されるなら彼女の元へすぐにでも走り出したい。この前の時間はにとっては何でもないものだったのか。俺だけか、あの時間がせめて挨拶程度は交わせる関係になれたのではないかと思っていたのは。
答えてくれと彼女に問いたい。傲慢な願いに突き動かされそうになる指先が疼く。手も足も彼女の方に吸い寄せられそうになるのを必死に堪えた。
少しでも気を抜けば、俺は彼女のことを捕まえて自分のもとに引き寄せてしまうだろうと思った。
……誰が見ているかも分からないんだ。拳を握ることで自分を抑え込みながら、鬼道は二人分の足音以外、音の存在しない廊下を進む。理性を保て、前に進めと懸命に足に言い聞かせる。
しかしすれ違う瞬間、彼女の滑らかな黒髪がふわりと風に揺れ、記憶と同じ仄かな甘い匂いが薫る。その優美な髪の揺らめき、彼女の香りが鬼道に囁く。
――――だが、今を逃したら……。
俺はいつまでこの不快感を抱えていればいい?