第10章 庭園
10月上旬。サプフィールが嫁いできてから一年が経った。
伯爵夫人になりたての頃は屋敷内でも領内でも不安や緊張に苛まれていたものの、今はもうすっかり慣れた。
スヴェトザールとの距離も少しずつ縮まっていっているように感じる。
秋の庭園で草花に囲まれつつ、サプフィールは優雅に午後の散歩をしていた。
「…………」
サルビアの花を一つむしり取る。中に蟻などが入っていないか確認し、根元の部分を口に含んで吸った。
「サプフィール様」
「……はい、ソーニャ」
もう一つ、そっとむしり取ってソーニャに手渡す。
「共犯ね」
「まったくもう……」
ソーニャも受け取ったサルビアの花を同じように吸う。舌の上に僅かばかりの蜜が染みた。
「ほんのり甘いよね」
「ええ」
「もう少し取っちゃお」
「程々にしないとバレますよ」
そんなことを言い合いながら、いくつかサルビアの花を摘んでは蜜を吸った。
それから数時間後の夕食の席。いつものように2人揃って食事を摂っている最中、スヴェトザールが訊く。
「執務室から少し見えたのですが……午後に庭で赤い花の前にずっといましたね」
それを聞いて、カトラリーを持つサプフィールの手が止まる。
「何という名前の花ですか?」
「あれは……サルビアです」
「そうですか。随分と気に入っていたようですし、株を増やすよう私から庭師に伝えておきます」
見られていた。サプフィールの顔が熱くなり、額にうっすら汗が滲む。
「あ……その、ごめんなさい……」
「なぜ謝るんですか。少し花を増やすくらい何の負担にもなりませんよ」
顔を真っ赤にして目を背ける妻にスヴェトザールが不思議そうに言う。
「い、いえ……勝手に花を摘んで、蜜を吸ったことに対してです。ごめんなさい」
「……蜜を?」
「はい……」
昼間から庭の観賞用の花をむしり取って盗み食いした伴侶をどう思うだろうか。
サプフィールは身を縮こませながら、スヴェトザールの様子を窺う。
「……食べられる花だったんですか」
スヴェトザールはただ、感心したようにゆっくりと頷いた。
怒ってはいなさそうだ。
サプフィールはおそるおそる、また食事を再開する。