第8章 夏至
2人でうっすら笑い合いながら、川辺から離れる。
「はぁ……そろそろ帰ろっか」
両手には、潰れた草花の青臭い匂いが残っていた。
昼過ぎ。辺り一帯の牧草地を見て回ったスヴェトザールが馬で屋敷へ戻ると、ちょうど車止めでサプフィールが馬車から降りているところだった。
「サプフィール」
騎乗したまま近寄り、声をかける。いつもより質素なドレスを着た妻と侍女がハッとしたようにこちらを見た。
「お疲れ様です、スヴェトザール様」
「ええ」
馬を降り、馬車馬を引き取りに出ていた馬丁に手綱を預ける。
スヴェトザールは自身の服のホコリを払いつつ、サプフィールに歩み寄って聞いた。
「早いですね。祭りは楽しめましたか?」
するとサプフィールは一瞬だけスヴェトザールを見上げ、すぐに俯いた。
「……どうしました?」
「はい、とっても」
俯いたままサプフィールが言う。なぜだか声が震えている。
「た、楽し……っ、かった……です」
言うや、足元に数滴の雫がこぼれ落ちた。大粒の水滴がいくつも滴り、地面に染みをつくる。
それが妻の頬を流れ伝っているものだと気付き、スヴェトザールは咄嗟にサプフィールの顔に両手を添えた。
「サ……サプフィール……?」
サプフィールが手袋で涙を拭ってから顔を上げ、こちらを見た。しかしその目から、また止め処なく涙が溢れ出す。
「どっ、どこか痛いんですか? それとも、祭りで何か嫌な思いをしましたか? すぐに対応するので言ってください」
「違うんです。……ごめんなさい」
「では、なぜ」
なぜ泣いているのか。スヴェトザールには皆目見当がつかなかった。
親指の腹でサプフィールの目元を何度拭っても、ボロボロと絶え間なく涙がこぼれる。
「あなたと……」
サプフィールがスヴェトザールの両手を掴み、ゆっくりと顔から遠ざける。
「……あなたと、行きたかったんです。本当は……」
辿々しく言いながら、サプフィールは腕でぐいっと涙を拭う。
やんわり退けられた両手をどこにもやれないまま、スヴェトザールは妻の言葉を復唱する。
「私と、行きたかった……?」
「はい。お祭りに……」