第8章 夏至
「ほんの数時間の外出はそう大した負担ではないはずです。たとえある程度の負担があったとしても、誘いを受けるかどうかは旦那様で判断なさいます。ですのでサプフィール様はただ、『私と夏至祭に行きませんか?』と尋ねるだけでいいんです」
「うーん……」
本当に切羽詰まっていれば無理に誘いを受けずに断るはず。けれどスヴェトザールの性分ならどっちに転ぶか分からない。
それにスヴェトザールはいつも忙しそうにしているから、サプフィールには現状のスヴェトザールの仕事がどれくらい余裕があるのか把握できていない。その分、遊びに行こうと気安く提案すること自体が、サプフィールにはプレッシャーだった。
「と、とりあえず……夕食のとき、誘いやすそうだったら言ってみるね」
朝の支度と朝食を終え、サプフィールは夫人の仕事に向かう。
その日は台所と食糧庫の確認と、夏の保存食づくりの監督をすることになっていた。
料理長や家政を預かる使用人と献立や仕入れを相談した後、初夏から採れ始める果実や香草を、ジャム・シロップ・乾燥品などにして保存する作業を見て回る。
そんな風に過ごして、やがて夕方になった。
サプフィールはまたソーニャと自室に戻り、夕食のために着替えてからダイニングルームへ向かう。
いつもの席に座ってスヴェトザールが来るのを待っている最中、サプフィールの手のひらにわずかに汗が滲んだ。
「(私と夏至祭に行きませんか……私と夏至祭に行きませんか……)」
頭の中で、ソーニャからアドバイスされた台詞を反芻する。
単純な言葉だ。けれど、実際に口に出す瞬間を考えると気が重い。
目の前に置かれたカトラリーを見つめていると、スヴェトザールが入室してきた。
「お待たせしました、サプフィール」
「あ、いえ……お疲れ様です」
すぐ近くの上座にスヴェトザールが座るのを横目で見る。
食前の祈りの後。料理が運ばれる最中。食べている最中。サプフィールはスヴェトザールの様子を観察し、目立った疲労はなさそうだと判断した。
「す、スヴェトザール様……」
「はい」
食事が終わりかけの頃、サプフィールが思い切ってスヴェトザールに話しかける。
口の動きがぎこちない。
あれだけ反芻した誘い文句も、頭からすっ飛んでしまった。