第2章 始まりの合図
「無理だ!」
「入ったら死ぬ!」
声が重なり、悲鳴に変わる。
川岸に立つ誰もが、分かっていた。
一歩踏み出せば、戻れないと。
「もう…」
諦めが、雨より先に落ちていく。
気が付けば、斗亜の体が前に出ていた。
走る。
村人の間を駆け抜け、川へと向かう。
「おいっ!?」
若い男が斗亜に気が付いて叫ぶ。
「止まれ!」
腕を村人に掴まれる。
「死ぬぞ!!?」
斗亜は振り返らない。
掴まれた腕を、迷いなく振り払う。
「目の前で…目の前で子供が死ぬのを、見ていろって言うのか!!?」
村人に向けられた斗亜の声が、雨を裂いた。
一瞬、誰もが言葉を失う。
斗亜は歯を食いしばる。
「もう…辛い思いは、したくない!!」
胸の奥から、押し出すように言う。
バシャッ!!
次の瞬間、斗亜は川へ飛び込んだ。
冷水が全身を叩きつける。
息を奪われ、視界が白く弾ける。
流れが、体を難なく持っていく。
水と泥と雨。
ドンッ!!
肩に、激痛が走った。
流木が直撃した。
関節が軋み、腕が一瞬痺れる。
だが、小さな命を救うまで止まれない。
水を掻き、体を立て直す。
視界の端に、また小さな影。
「(いた!!)」
岩に引っかかりかけている。
流れに叩かれ、今にも外れそうな細い体。
斗亜は歯を食いしばり進む。
その瞬間、ゴリッと脇腹に衝撃が走った。
流木が擦り抜け、肋の奥まで衝撃が走る。
息が詰まり、喉から音が漏れる。
それでも、手を伸ばす。
指先が、空を切る。
もう一度、手を伸ばす。
パシッ。
ようやく掴んだ。
子供の腕は、驚くほど軽い。
冷え切って体が震えている。
「だ、大丈夫だっ!!」
声はすぐに水に飲まれる。
それでも、確かに口にした。
流れに逆らおうとした瞬間…。
ドンッ!!
「っ!!?」
背中に、重い衝撃がきた。
別の流木が当たった。
視界が暗くなり、体が沈む。
「(くそ…ここで…終わるのか…?)」
一瞬、そんな悪い考えが脳裏を過った。
だが腕に伝わる温度が、斗亜を引き戻した。
離すわけには、いかない。
歯を食いしばり、残った力で水を蹴る。
流木を足場に、体を回す。
岸に、近寄る。