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緋色の誓い―第一章―

第2章 始まりの合図



「刀を持った旅人は、特にな」

斗亜は自分の腰に視線を落とす。

ただ、静かに息を吐いた。

「脅す気はない。何もしない…」

「信用できるか!」

若い男の声が、わずかに荒れる。

「信用できない…か。悪かった…」

それで終わりだった。

斗亜は一度だけ村を見渡し、踵を返す。

無理に踏み込めば、刀を抜く理由を与えるだけだ。

それは望まない。

村外れで立ち止まる。

雨は激しさを増し山道はぬかるみ、先が見えないほどだ。

このまま戻るのは危険だ。

だが、ここに留まる理由もない。

斗亜は、諦めたように空を仰いだ。

「参ったな…こんな雨だと火も熾せないな…」

その時だった。

ドン、と大きな音が響いた。

「ん…?」

雨音とは違う、重い音だ。

川の方角から異様な気配が押し寄せてくる。

静かに、しかし確実に何かが動き始めていた。

雨音が変わった。

ただ降っているのではない。

叩きつける音に、地の奥から響くような低い唸りが混じる。

ドンッ。

もう一度、鈍い衝撃が響いた。

今度は、ハッキリと聞こえた。

斗亜は、顔を上げる。

「川が…氾濫する…!」

川だ。

村の脇を流れる沢が、雨を飲み込み切れずに呻いている。

山の水が一気に集まり、流れは太く、色は透明さを失い酷く濁っていた。

村の方が騒がしくなる。

戸が開く音、走る足音、怒鳴り声。

全てが交じり合う。

斗亜が視線を向けた先で、村人たちが雨の中へ飛び出していた。

皆、同じ方角を見ている。

土手を越えた水が、茶色く泡立ちながら暴れている。

流木がぶつかり合い、岩に当たって裂けるような音を立てた。

「まずい!」

誰かの声が、かき消される。

「増水が早すぎる!」

「昨日までは、こんな…っ」

言葉が途切れた瞬間だった。

「子供が!!」

甲高い叫び声が響いた。

「川に落ちた!」

空気が凍る。

斗亜の視界に、小さな影が入った。

濁流の中、必死に手を伸ばす細い腕だ。

次の瞬間、流木に叩かれ姿が沈む。

「…っ!?」

村人が何人か駆け出しかけて、すぐに足を止めた。

速い。

深い。

近付くだけで、足が取られ濁流に飲み込まれそうになる。

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