第4章 因縁の残火
「…欠けてるものってさ」
「?」
「覚悟の“向き”なんだと思う」
斗亜は刀から目を離さずに続ける。
「斬るか、守るか。その境目で迷ってる限り、俺の刀はまだ定まらねぇ」
遠くで、比古が杯を置く音がした。
剣心は深く息を吸い、静かに吐く。
「…この修行で、それを定めるのでござるな」
「あぁ」
斗亜は空を仰いだ。
「過去を抱えたまま、それでも前に進めるかどうかってやつだ」
滝の音は止まらない。
水が流れ続けるように、二人もまた、立ち止まることは許されていなかった。
翌朝。
夜明け前の薄青い空気の中、三人は向かい合って立っていた。
誰一人、眠った形跡はない。
目の下には深い隈、顔色も冴えない。
無言のまま、三人並んで沢へ向かい、冷たい水で一斉に顔を洗う。
水音だけが、不自然なほど大きく響いた。
比古が顔を上げ、二人を見据える。
「で…欠けているものは見いだせたか?」
「「…いいえ」」
二人の返答は、ほとんど同時だった。
比古は小さく息を吐く。
「そうか…」
その声音は、失望とも諦観とも取れる低さだった。
「ならばここが限界だ。欠けているものが見いだせぬ中途半端なままで、奥義の会得はおろか…志々雄一派に勝つこともまず無理だろう」
「…ッ」
斗亜は奥歯を強く噛み締める。
唇の端に、わずかに血の味が滲んだ。
「百歩譲って、仮に勝てたとしてもだ」
比古の声が鋭くなる。
「心に住みついた“人斬り”には決して勝てん。生涯、悩み、苦しみ、孤独に苛まれ…人を斬る」
一歩、前に出る。
「ならばいっそ奥義の代わりに引導を渡してやるのが、師匠としての最後の務めだ」
比古が刀を一振りした瞬間。
空気が、叩き潰された。
ドン、と圧が押し寄せ、足元の砂利が跳ねる。
「…ッすごい…ひと振りで…」
言葉が、喉に引っかかる。
次の瞬間、比古は外套に手をかけ、躊躇なく脱ぎ捨てた。
ズシャッ!!!!
布が裂けるとは思えぬ重い音。
地面に落ちた外套を見て、二人は息を呑む。
「重さ十貫の肩当。筋肉の動きを逆に制限する撥条が仕込まれた白外套だ」
比古の姿が、一回り大きく見えた。