第4章 因縁の残火
滝の音だけが、一定の調子で耳に届いていた。
水飛沫が光を散らし、冷たい空気が肌を撫でる。
比古は少し離れた岩に腰を下ろし、黙ったまま杯を傾けている。
剣心と斗亜は並んで座り、それぞれの刀を膝元に置いていた。
二人に欠けているもの。
比古の言葉が、まだ胸の奥に引っかかっている。
剣心は、ふと視線を横に移した。
斗亜の刀。
見覚えのある拵え、だが今までとどこか違う重さを感じさせる。
「斗亜…その刀は?」
問いは静かだった。
滝音に溶けるような声で。
斗亜は一瞬、答えずに刀を見下ろす。
それから、ゆっくりと息を吐いた。
「あぁ…人斬り時代に使ってた刀さ」
軽く言ったつもりでも、言葉の端がわずかに硬い。
「知ってる刀匠がな。二、三日で直せねぇって言うから、預けてた刀だよ」
剣心は黙って聞いている。
「…正直言うとさ」
「…あの頃の“俺”が、まだどこかに残ってるってことかもな。そりゃそうだよな。人斬り時代も、所帯を持った時もこの刀と共にしてきた」
斗亜の声は低かった。
「俺自身が一番…それを恐れてるでもさ…刀匠と約束したんだ『あの頃のお前は…人を斬るたびに死んだような目をしてやがった。刀を振るうたびに、お前の心まで削れていくのを俺は見てきた。人を斬って、生きて、また斬って…そんな生き方を、もう二度と見たくねぇ。俺は刀鍛冶だ。人を守るための刀は打てても、人の心までは打ち直せねぇ。だからこそ言う。戻るな…あの頃のお前には、絶対戻るな』ってさ。ちょっとお節介なやつなんだけどな」
「良い刀匠でござるな」
「あぁ…」
沈黙が落ちる。
ただ滝の音だけが、時間を刻む。
「…残っているからといって、戻るとは限らぬでござるよ」
剣心は、斗亜を見ずに言った。
「過去が消えぬのは、生きてきた証でもある。だが…進む方向まで縛るものではない」
斗亜は小さく鼻で笑う。
「兄貴は相変わらずだな」
「事実でござる」
短く返すと、剣心はわずかに微笑んだ。
斗亜はその横顔を見て、ほんの少しだけ表情を緩める。