第4章 因縁の残火
「奥義伝授はまず九頭龍閃の伝授から始まる。そして次に師の放つ九頭龍閃を破ることができたら奥義の伝授は完了となる」
斗亜が息を呑む。
「しかし…」
比古は二人をじっと見渡し、口元を歪めた。
「伝授した九頭龍閃の性質をよく考えろ」
九頭龍閃の性質。
脳裏に、さっきの“絶対回避不可”“絶対防御不可”の斬撃がよみがえる。
剣心はハッと目を見開き、逆刃刀を納刀した。
「(九頭龍閃は防御も回避も不能…破るには“発生前”を断つしかない。つまり…抜刀術でそれより速く先に斬り込むしかない)」
「ご名答。その通りだ」
比古の声がわずかに楽しげになる。
「九頭龍閃を破るには“神速よりさらに上の、超神速の抜刀術”しかねえ。それが飛天御剣流 最終奥義“天翔龍閃”だ」
斗亜は思わず空を仰ぐ。
「(やっぱり…抜刀術の最上位…)」
しかし比古は冷たく続ける。
「だが問題が一つある。抜刀術に向いてねぇ逆刃刀で、お前が神速を超えられるのかってことだ」
剣心は逆刃刀の柄から手を離し、無形の位を取った。
抜刀でない、どこにも偏らぬ、曖昧で危うい構え。
それは“覚悟”そのものだった。
「“背水の陣”…のつもりか?無謀だな」
「承知してます。しかし…それでも。命を捨ててでも俺はここで奥義を会得しなくてはならない」
比古はその言葉に、ふと斗亜へ視線を向けた。
「お前はどうだ?」
斗亜は小さく息を吐き、師匠へ向き直る。
「はい。俺も同じです。…もう失うものなんて何もないですから」
どこか乾いた笑いを含んだ声。
比古はその声音に、ほんの僅かだけ眉を寄せた。
そして刀をゆっくり下げた。
「やれやれ…やっぱりお前らは“バカ弟子”だ」
「「え?」」
「結局なにもわかっちゃいねぇ。奥義に必要なのは腕力でも速さでも覚悟でもねぇ。それ以前にお前らの心に“欠けているもの”がある」
「師匠!」
剣心が思わず食って掛かるが、比古はピシャリと遮る。
「一晩時間をやる。朝までに自分の心をさぐれ。自分には何が欠けているのかを見つけ出せ。それができなきゃ、奥義どころか本当に命を捨てることになる」
そのまま比古は踵を返し、庵の中へ入ってしまった。
残されたのは、冷たい滝の音と夜の山の気配だけだった。