第4章 因縁の残火
「俺は…妻と約束した。もう人は斬らねぇって。息子にも誓った。だから怖ぇ。この刀を抜いた瞬間、その全部が壊れちまう気がして…」
その言葉を聞いた比古は、小さく鼻を鳴らした。
「フン…馬鹿弟子が」
その一言に、斗亜が顔を上げる。
比古の目は厳しい。
だが、その奥には弟子を案ずる師の情が宿っていた。
「お前は勘違いしている。刀が人を斬るんじゃない。人が刀を振るうんだ。人斬りに戻るかどうかを決めるのは、その刀でも飛天御剣流でもない」
比古は斗亜の胸を指差した。
「お前自身だ。今のお前は誰だ。人斬り抜刀斎か?それとも、妻に生かされた緋村斗亜か?」
その問いに、斗亜は言葉を失った。
斗亜は息を呑んだ。
比古の言葉が胸の奥へ、静かに沈んでいく。
「俺…自身…」
小さく呟く。
視線は、握り締めた蒼雲へ落ちていた。
その柄は冷たい。
だが、あの日、人を斬り続けた頃に感じていた冷たさとはどこか違っていた。
今、自分の手は震えている。
人を斬りたいからではない。
斬りたくないから震えている。
守りたいものがあるから、怖い。
その事実に、斗亜は初めて気づいた。
ゆっくりと目を閉じる。
脳裏へ浮かぶのは、満開の桜。
優しく笑う桜。
その腕の中で無邪気に笑う幼い幸太。
『あなた…』
聞こえるはずのない声。
『あなたなら、大丈夫』
桜は何も責めない。
何も命じない。
ただ、あの日と同じ笑顔で斗亜を見つめていた。
斗亜の肩から、ふっと力が抜ける。
「そうか…」
静かに笑う。
「俺はもう、人を斬るのが怖ぇんじゃねぇ…」
柄を握る手に、自然と力が宿る。
「守りてぇものを失うのが、怖ぇんだ…」
その一言を聞いた剣心は、安堵したように目を閉じた。
比古もまた、小さく口元を緩める。
「ようやく気づいたか。」
斗亜はゆっくりと頷いた。
そして親指が、静かに鍔を押し上げた。
カチッ。
張り詰めた静寂の中、小さな音だけが山へ響いた。