第1章 五条悟
【主従関係】
きっかけは、ほんの些細なことだった。任務から戻ったロロが、いつものように五条の前で頭を下げた。
「ただいま戻りました、悟様」
「…おかえり」
いつもなら、それだけだった。けれど、その日は違った。ロロの服には小さな汚れがついていた。五条は一瞬で気づいた。
「怪我は?」
「ありません」
「本当に?」
「はい」
五条悟は黙ってロロを見る。六眼が見抜ける情報なら、いくらでも拾える。それなのに、その瞬間だけは妙に不安だった。もし、帰ってこなかったら。その考えが浮かんだ途端、胸の奥が冷たくなる。
「…悟様?」
「いや、なんでもない」
けれど、それからだった。ロロが任務へ向かうたびに、無事に戻ってくるか気になるようになった。他の人間なら、任務の報告さえ聞けば十分だった。なのにロロだけは違う。帰ってくるまで落ち着かない。戻ってくれば安心する。その事実を、五条は何度も主として当然と片付けようとした。従者なのだから。守る責任があるのだから。そう言い聞かせていた。決定的だったのは、ある日のこと。ロロが別の主人に仕える可能性について話を振られたときだった。
「本人が望むなら、仕方ないんじゃない?」
五条はそう答えた。その直後、自分の胸に生まれた強烈な違和感に気づいた。仕方ない?全然、そんなこと思っていない。誰かに取られるのが嫌だった。自分のそばからいなくなる未来を、考えたくなかった。その夜、五条は1人で考えた。
「…僕、結構わがままだな」
笑ってしまう。最強なら、もっと余裕があると思っていた。誰か1人に執着するなんて、自分らしくない。それでも、答えは変わらなかった。だから五条は決めた。命令で縛るのではなく、自分の言葉で伝えよう。主だからではなく、1人の人間として。
翌日。2人きりになった部屋で、五条はロロを呼び止めた。
「ねえ」
「はい、悟様」
「僕、君に言っておきたいことがある」
いつもの軽い笑顔を浮かべながら、五条は少しだけ息を吸う。今度は誤魔化さない。
「ロロが僕の従者でいてくれることを、僕はすごく大切に思ってる」
それは命令ではなかった。そして五条にとって、初めて自分の執着を認めるための言葉だった。