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短編

第1章 五条悟


【はい、あーん】


「はい、口開けて」

休日の昼下がり。高級和菓子店で買ってきた練り切りを前に、五条がにこにこと箸を持っていた。

「自分で食べられるから」

「却下」

「なんで?」

「恋人なんだから、こういうイベントは大事」

真顔で言い切る五条に、ロロは呆れて笑う。

「イベントって…」

「はい、あーん」

逃げ道はないらしい。観念して口を開くと、ほんのり桜の香りがする練り切りが運ばれてきた。

「…おいしい」

「でしょ?」

五条は満足そうに頷く。

「その顔が見たかった」

「顔?」

「幸せそうに食べる顔」

照れくさくなって目を逸らすと、今度は五条が口を開いた。

「じゃあ、次」

「え?」

「あーん」

「…子どもじゃないんだから」

「ロロに食べさせてもらいたいだけ」

その一言がずるい。ロロは小さくため息をついて、栗きんとんをひと口すくう。

「…はい、あーん」

ぱくり。五条はゆっくり味わうように食べて、それから嬉しそうに笑った。

「うん、おいしい」

「よかった。でもね」

五条はロロの方へ少し身を乗り出す。

「ロロが食べさせてくれたから、もっとおいしい」

「またそういうこと言う」

「本当だもん」

照れて頬を膨らませるロロを見て、五条はくすっと笑う。

「もう一回」

「まだ食べるの?」

「和菓子じゃなくて、君からの『あーん』」

「欲張り」

「好きな人には欲張りになるよ」

結局、その日用意した和菓子は半分も減らなかった。あーん、をするたびに笑って、照れて、話が脱線して。

「ねぇ」

「何?」

「また季節が変わったら、新しい和菓子買いに行こう」

「うん」

「そのときも、ちゃんと食べさせてね」

「…気が向いたらね」

素直じゃない返事にも、五条は満足そうに笑って、もう一度口を開けた。

「はい、あーん」

「まだ食べるの!?」

賑やかな笑い声が、甘い和菓子の香りと一緒に部屋いっぱいに広がった。
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