第14章 伏黒甚爾
【からっぽ】
「…からっぽだな」
不意にそう呟いた甚爾は、缶コーヒーを机に置いた。ロロは首を傾げる。
「何が?」
「俺」
あまりにもあっさりと言うものだから、冗談かと思った。けれど甚爾は笑わない。
「金があれば生きる。なけりゃ仕事をする。それだけだ」
「甚爾さん」
「欲しいもんもねぇ。夢もねぇ」
窓の外を眺める横顔は、どこか遠くを見ていた。
「…中身なんて、とっくに空っぽだ」
ロロは何も言えなかった。そんな甚爾を否定できるほど、ロロは甚爾の人生を知らない。だから、静かに隣へ座る。
「ねぇ」
「ん?」
「空っぽなら、私で少しずつ埋めてもいい?」
その言葉に、甚爾は目を細めた。
「変なこと言うな」
「ご飯を食べたり、一緒に散歩したり、眠る前におやすみって言ったり」
ロロは1つずつ指を折る。
「嬉しかったことを増やしていけば、空っぽじゃなくなるかもしれない」
甚爾は黙ったまま聞いていた。
「私は、甚爾さんの中を無理に変えたいわけじゃない」
そっと甚爾の手に触れる。
「でも、寂しいところがあるなら、一緒に隣にいたい」
長い沈黙が流れた。やがて甚爾は小さく笑う。
「…埋まらねぇよ」
「全部じゃなくていい」
ロロは握る手に少しだけ力を込めた。
「1日分だけでも」
甚爾は視線を落とし、繋がれた手を見つめる。
「今日は飯がうまかった」
ぼそりと呟く。
「うん」
「ロロがおかえりって言うのも…悪くねぇ」
ロロは思わず笑った。
「それなら、明日も言う」
「…好きにしろ」
ぶっきらぼうな返事。それでも手は離されない。その温もりだけで分かった。からっぽだと言っていたその心には、もうロロとの今日が、静かに積み重なり始めているのだと。