第10章 夏油傑
【迷信】※学生夏油
任務帰り、ロロは夏油に、少し寄り道しようかと声をかけられた。人気のない住宅街。電柱の影が長く伸びる。夏油は前を歩きながら、不意に立ち止まった。
「ねえ」
振り返る笑顔は、いつもと同じ穏やかさ。
「そこの曲がり角で、時計回りに3回回ってごらん」
「え?」
「いいから」
理由も聞かずに、ロロは言われた通りにくるり、と3回回る。
「終わったよ」
「うん」
夏油は満足そうに頷いた。
「ありがとう」
それだけだった。
翌日。高専の廊下で家入が首をかしげる。
「昨日、夏油と一緒だった?」
「うん」
「…変なことされなかった?」
「変なこと?」
ロロは思い出す。
「曲がり角で3回回れって言われたくらいかな」
「…は?」
その瞬間、後ろから夏油が現れる。
「何を話しているんだい?」
穏やかな笑顔。家入はじっと夏油を見た。
「夏油、それ…まさか」
「さあ」
夏油は肩をすくめるだけだった。
帰り道。ロロは気になって聞いてみた。
「昨日のあれ、何だったの?」
夏油は少し考えるように空を見上げる。
「昔聞いた迷信さ」
「迷信?」
「好きな人にやってもらうと、その人は、二度と迷わず自分のところへ帰ってくる」
「…え?」
「もちろん、ただの迷信だよ」
そう言って歩き出す。
「迷信でも、ロロに関することなら、試さない理由がない」
夏油は口元だけを緩める。
「本当は3回じゃ足りない。ロロがどこへ行っても。誰と笑っても。最後に帰る場所は、私だと」
そんな、まじないがあるなら、何度でも信じるのに。夏油は何事もなかったように振り返り、いつもの優しい笑顔で手を差し出した。
「ほら、帰ろうか」
その手は温かい。けれど、その瞳の奥には、ロロにも気づかれないほど静かで深い執着が、夕焼けよりも濃く沈んでいた。