第9章 禪院直哉
【雅】
秋の終わり、禪院家の庭園は紅葉で燃えるように色づいていた。
「ついて来い」
直哉は振り返ることなく歩き出す。ロロは慌ててその背中を追いかけた。庭の奥、小さな池のほとりで直哉は足を止める。
「綺麗…」
思わず漏れた声に、直哉は鼻で笑った。
「ようやく気付いたか」
「何がです?」
「雅や」
紅葉が水面へ落ち、ゆっくりと波紋を広げる。風が竹を鳴らし、静寂さえ景色の一部になっていた。
「美しいものは、騒がしい場所には生まれへん」
そう呟く横顔は、いつもの尊大さとは少し違って見えた。ロロが紅葉を拾おうと身をかがめた瞬間、足元の石に躓く。
「きゃっ…!」
倒れる前に、ぐいっと腕を引かれた。気付けば直哉の胸へ抱き寄せられている。
「危なっかしいな」
「す、すみません…」
「謝る暇があるなら、前見て歩け」
口調は厳しいのに、腕は離れない。鼓動が速くなるロロを見下ろし、直哉は口元だけで笑った。
「そんな顔するな」
「だって近いです…」
「俺が近づいとるんやない。ロロが飛び込んできたんや」
意地悪な言い方に頬を膨らませると、直哉は肩を震わせて笑う。
「その顔も悪ない」
ふと風が吹き、数枚の紅葉が2人の間を舞った。直哉は1枚を指先で受け止めると、それをロロの髪へそっと挿す。
「似合う」
「ありがとうございます」
「礼はいらん」
直哉は少しだけ目を細めた。
「雅いうんは、人が作るもんやない。その人がおるだけで景色になることを言う」
「難しいですね」
「せやから教えとる」
ロロの顎へそっと指を添え、紅葉越しに視線を合わせる。
「今日の庭は綺麗や。けどな」
ほんの一瞬、照れ隠しのように視線を逸らし、それでも静かに言葉を続けた。
「一番目ぇ引くんは、ロロや」
胸が熱くなり、何も言えずにいると、直哉は照れをごまかすように鼻で笑う。
「そんな顔されたら調子狂うやろ」
そう言いながらも、繋いだ手だけは最後まで離さなかった。紅葉が舞う庭で直哉にとっての雅は、美しい景色ではなく、隣で微笑むロロだけだった。