第8章 七海建人
【弱点】
「七海、君さ」
五条は、珍しく真剣な顔をして言った。
「弱点できたよね」
「…突然何の話ですか」
七海は書類から顔を上げる。
「前の七海なら、誰かに心配されても『問題ありません』って終わらせてたじゃん」
「そうですね」
「でも今は?」
五条はロロを見る。
「ロロが『無理してない?』って聞いただけで、素直に休むようになった。甘いものも『必要ありません』とか言ってたのに、ロロが選んだものなら普通に食べる」
「五条さん」
「あとさ」
五条は楽しそうに笑った。
「ロロが寒そうにしてる時、誰よりも早く気付くよね」
七海は黙る。否定できない。
「…観察力があるだけです」
「出た。七海の言い訳」
ロロが思わず笑うと、七海は少しだけ眉を下げる。
「笑わないでください」
「だって、七海さんでもそんな顔するんだなって」
「どんな顔ですか」
「困ってる顔」
すると七海は小さく息を吐いた。
「ロロの前では、多少崩れることもあります」
「え?」
「完璧でいる必要がないと思えるので」
五条が後ろで大げさに叫ぶ。
「出た!大人の余裕発言!」
「五条さん」
「しかも本人は口説いてる自覚ないんだよね?」
「ありません」
「そこが一番すごいんだって」
五条は呆れたように笑う。
「七海が誰かをこんなに大事にするなんてね。昔の七海に言っても信じないと思うよ」
七海は少し考えてから、ロロの隣に立つ。
「そうかもしれません」
「認めるんだ」
「ええ。今の私にとって、ロロを大切にすることは特別なことではありません」
「七海さん…」
「自然なことです」
五条は数秒黙ったあと、深いため息をついた。
「はいはい。もう分かった」
「何がですか」
「七海は完全に恋人バカ」
「失礼ですね」
「否定しないんだ?」
七海は少しだけロロを見る。そして、ほんの少し笑った。
「…否定する理由がありませんから」
五条が珍しく負けを認めた瞬間だった。冷静沈着。大人で、理性的。そんな七海の唯一の弱点。それは、ロロのことになると、隠す気がなくなることだった。