第6章 乙骨憂太
【唯一】
「ねぇ」
ソファで本を読んでいたロロに、乙骨が声をかけてきた。
「もしも、ロロの記憶から僕以外の人が全部いなくなったら、どうする?」
「…え?」
「ロロは幸せになれると思う?」
冗談のような口調だった。でも、乙骨の瞳は一度も笑わない。
「そんなこと、考えたことないよ」
「僕はある。何度も」
ロロは言葉を失う。乙骨は少しだけ首を傾ける。
「ロロは誰にでも優しい。誰とでも笑う。だから、皆ロロを好きになる」
その声には怒りも嫉妬もない。ただ、どうしようもない切なさだけが滲んでいた。
「…それが怖いんだ」
ぽつり、と零れた本音。
「いつか誰かが、僕より先にロロを笑わせるんじゃないか。僕より先に相談されるんじゃないか。僕より先に、会いたいって思われるんじゃないかって」
一つ一つの言葉は静かだった。それなのに、重い。
「僕はね」
乙骨はロロの前にしゃがみ込む。視線を合わせるように。
「ロロの一番になりたいんじゃない」
その言葉に、ロロは少し安心しかける。けれど。
「一番じゃ足りない」
静かな声が続く。
「唯一がいい。ロロが世界を見る理由も。笑う理由も。生きていたいと思う理由も」
乙骨は微笑む。その笑顔は、どこまでも優しい。
「全部、僕だったらいいのに」
ロロが息をのむと、乙骨は困ったように笑った。
「…こんなこと言ったら困らせるよね。ごめん。」
そう謝りながらも、手は離さない。むしろ、少しだけ強く握る。乙骨は目を閉じ、小さく呟く。
「ロロを好きになってから、普通が分からなくなった。ロロが誰かと笑うだけで苦しくて。ロロが帰ってくるだけで安心して。ロロが隣にいるだけで、生きていてよかったって思う。」
ゆっくりと目を開ける。そこに映るのは、ロロだけ。
「だから」
穏やかな笑みのまま、乙骨は囁く。
「ロロの世界が僕だけになれば、この苦しさも終わるのかな」
その声は願いにも、祈りにも聞こえた。けれど、その願いはあまりにも静かで、あまりにも狂おしかった。