第5章 伏黒恵
【ジャカランダ】※死ネタ
六月。雨に濡れたジャカランダが、公園を紫色に染めていた。
「ごめん、待った?」
ベンチで手を振るロロに、伏黒は小さく首を振る。
「いや」
それが、2人で交わした最後の会話になるなんて、誰も思わなかった。
帰り道。ロロは伏黒を庇って呪霊の攻撃を受けた。
「逃げて!」
その声と同時に、伏黒の視界が赤く染まる。病室には雨音だけが響いていた。ロロは静かに目を閉じている。機械の音はもう鳴っていない。伏黒はベッドの横に立ったまま、一言も話せなかった。
「…起きろ」
返事はない。
「寝すぎだ」
笑ってほしかった。
「ロロ、約束しただろ」
来年もジャカランダを見に行こう、と。その約束だけが、病室に取り残されていた。
1年後。また雨が降る。伏黒は1人で公園を訪れた。紫色の花は、去年と何も変わらず咲いている。
「…今年も咲いたな」
返事はない。ベンチには誰も座っていない。それでも伏黒は、少しだけ場所を空けて腰を下ろした。まるで、そこにロロがいるように。風が吹き、ジャカランダの花びらが1枚、伏黒の膝へ落ちる。あの日、ロロが笑って言った。
『また来年も、一緒に見ようね』
その来年は、ロロには来なかった。伏黒は花びらをそっと握り締める。
「…見てるか」
雨が頬を伝う。それが雨なのか涙なのか、伏黒でも分からない。
「ロロがいないのに、花だけ咲くなよ」
初めてこぼれた弱音は、雨音にかき消された。しばらくして立ち上がろうとした、その時。肩に紫色の花が一輪、ふわりと落ちた。まるで誰かが、またねと触れたように。伏黒はゆっくりと空を見上げる。
「…来年も来る」
誰に聞かせるでもなく呟く。
「だから、ロロも忘れるな」
返事は最後までなかった。それでも伏黒は、来年も、その次の年も、雨の降るジャカランダの下へ通い続ける。もう二度と会えないと知りながら。それでも、約束だけは終わらせたくなかった。