第5章 伏黒恵
【ヒーロー】
夕暮れの河川敷。ロロは土手に腰を下ろし、ゆっくりと夜空が色づいていくのを眺めていた。
「また星見てるのか」
小さな紙袋を片手に現れた伏黒が、隣へ座る。
「今日は彗星が見える気がする」
「勘か」
「うん」
「当たったことないだろ」
「失礼だなぁ」
ロロが笑うと、伏黒も口元だけ少し緩めた。その穏やかな空気が心地よくて、2人はしばらく黙って空を見上げる。
「ねぇ」
ロロが静かに口を開く。
「昨日のヒーローって、今日は何してると思う?」
「普通に飯食って、寝てる」
「夢がない」
「現実的なんだ」
ロロは肩をすくめて笑った。
「私はね、昨日誰かを助けた人には、今日くらい誰かが、お疲れさまって言ってあげてほしい。誰も言ってくれなかったら寂しいもん」
その言葉を聞いて、伏黒は小さく息を吐いた。
「…じゃあ」
伏黒はロロのほうへ向き直る。少し照れたように視線を逸らしながら、小さな紙袋を差し出した。
「任務の帰りに見つけた」
中には、あなたの好きなお菓子が入っている。
「え、覚えてたの?」
嬉しそうに笑うロロを見て、伏黒は照れくさそうに頭をかいた。
「昨日の任務。ロロ、俺のこと助けただろ」
「そんなの当たり前だよ」
「俺にとっては当たり前じゃねぇ」
少しだけ間を置いて、伏黒は静かに続ける。
「昨日のヒーローに、お疲れさま」
その一言に、ロロは思わず笑みをこぼした。
「ありがとう」
「…礼なんかいい」
「でも嬉しい」
ロロがそう言うと、伏黒は少しだけ困ったように笑う。
「そんな顔されると、もっと甘やかしたくなる」
自分で口にしてしまったことに気づき、伏黒は耳まで赤く染めた。
「…今の忘れろ」
「やだ」
ロロは笑いながら、そっと伏黒の手に自分の手を重ねる。
「昨日のヒーローも好きだけど。何気ない今日の伏黒の方が、もっと好き」
その言葉に、伏黒は観念したように小さく笑う。
「…反則だろ」
照れ隠しにそう呟きながらも、伏黒はロロの手を優しく握り返した。夜空には、彗星は現れなかった。それでも。伏黒にとって一番眩しかったのは星ではなく、自分を見上げて笑うロロの笑顔だった。