第3章 両面宿儺
【ヘリオトロープ】
宿儺の生得領域には、いつも静寂しかなかった。赤く染まった空。 冷たい水面。 誰も寄せ付けない、孤独な場所。けれど今日は違った。
「…何をしている」
宿儺の声に振り返ると、ロロは花を飾っていた。
「気分転換」
「ここでか?」
「うん。宿儺のいる場所だから」
その答えに、宿儺は呆れたように息を吐く。
「変わった奴だ」
そう言いながらも、追い出すことはしなかった。ロロが持ってきたのは、小さな花束。紫色のヘリオトロープ。 白い花。 淡い色の花々。
「また花か」
「嫌?」
「くだらん」
いつもの返事。でも、宿儺は花束から目を逸らさなかった。
「ヘリオトロープってね、『献身的な愛』って意味があるんだって」
宿儺は静かに笑う。
「俺にそんなものを向けるとは、随分と酔狂だ」
「そうかもしれない。でも、私は宿儺だから好きなんだよ」
強いからでも。 怖いからでもない。誰にも見せない孤独を抱えているところ、全部。宿儺はしばらく黙っていた。やがて、低い声で言う。
「…ロロは愚かだ」
「よく言われる」
「俺を恐れず、勝手に隣に立つ」
「嫌だった?」
問いかけると、宿儺は目を細めた。
「嫌なら、とっくに消している」
その言葉に、胸が少しだけ温かくなる。
「なら、いてもいい?」
「好きにしろ」
相変わらず素直じゃない。でも、ロロが離れようとすると、宿儺の手が伸びた。
「どこへ行く」
「え?」
「まだここにいるのだろう」
その一言が、何より優しかった。ロロは花束を宿儺の隣へ置く。
「宿儺」
「なんだ」
「ありがとう」
「何の礼だ」
「私をここに置いてくれること」
宿儺は答えなかった。ただ、花束の中からヘリオトロープを一輪取り、ロロへ渡す。
「枯らすな」
「大切にする」
「花ではない。ロロ自身をだ」
誰より冷たいはずの呪いの王。その生得領域に咲いた花は、たった1つの純粋な愛だった。