第5章 【第四話】黒衣に宿る祈り
リナリーの視線が、ふとラビの背後へ動いた。
「あ」
ごつ、と鈍い音がした。
ラビの身体が、横へ吹き飛ぶ。
「痛ってぇ!?」
床に転がったラビのすぐ傍で、小柄な老人が足を下ろしていた。目元を縁取る濃い隈取りと、頭の上で一つに結い上げた髪。
「いつまで油を売っておる」
「蹴る前に声かけろよ、クソじじい!」
頭を押さえて起き上がるラビを横目に、リナリーが私へ顔を寄せた。
「ブックマンよ。歴史を記録している一族の人で……ラビは、その後継者なの」
ブックマン。
インドを発つ前の晩、師匠が一度だけ口にした名前だった。
――教団にゃ、ブックマンって爺さんがいる。お前の血のことを知ってる、数少ねぇ人間だ。
……この人が。
その時、老人の目がこちらへ向いた。
耳の奥が、しんと静まる。何も、聞こえなかった。床に座り込んだラビの文句だけが、やけに賑やかに響く。
その奥の乾いた響きが、この静けさに、少しだけ似ている気がした。
「……近いうちに、改めて顔を合わせることになろう」
それだけ言うと、老人はラビの襟首を掴んだ。
「行くぞ」
「ちょ、じじい、自分で歩けるって!」
引きずられながら、ラビが片手を上げる。
「またな、ティファ!」
リナリーが、呆れたように笑った。
「いつもああなの、あの二人」
賑やかな声と、何も聞こえない静けさ。
遠ざかる二つの背中を見送りながら、私は袖口へ、もう一度指を添えた。