第5章 【第四話】黒衣に宿る祈り
「もう少しだけ、いい?」
私は構えたまま、小さく頷いた。次の瞬間、再び刃と脚が交わる。
踏み込む。受ける。躱す。返す。
白銀のレイピアと、リナリーの黒い靴がぶつかるたび、鋭い音が石壁へ反響した。
私の喉の奥では、ニルヴァーナが熱を帯び続けている。
声にならないほど小さな旋律が、呼吸の奥で刃を繋ぎ止めている。息が乱れれば、刃も揺らぐ。
「へぇ……」
面白そうに見物するラビの声。その奥に、またあの乾いた響きがあった。
リナリーの蹴りを受け流しながら、ほんの一瞬だけ、壁際へ視線を滑らせる。
ラビは柱へ背を預け、腕を組んでいた。その目は、私の顔を見ていなかった。
胸の奥が、一瞬だけ冷えた。刃先が、かすかに揺らぐ。
「ティファ!」
リナリーの鋭い声が飛ぶ。
はっと視線を戻した時には、低い姿勢から放たれた足払いが迫っていた。
咄嗟に後方へ跳ぶ。
どうにか直撃は避けたものの、着地した足がわずかに揺らいだ。
私は息を整え、刃を構え直す。
……いけない。今、向き合っているのはリナリーだ。
ラビに意識を奪われている場合ではない。
「ごめんなさい。少し、気が逸れたわ」
「大丈夫? 疲れたなら、ここまでにしましょうか」
戦う者の鋭さを消し、リナリーがすぐに心配そうな表情へ戻る。
私は首を横へ振った。
その時、鍛錬場の入口から、乾いた足音が響いた。
それだけで、空気がわずかに変わった気がした。
視線を向けると、長い黒髪の青年が立っていた。
――神田ユウ。
黒の団服の裾には、薄く埃が付着している。腰に提げた刀の鞘が、歩みに合わせて微かに音を立てた。