第4章 【第三話】檻と家のはじまり
部屋へ、深い静寂が戻った。
私はしばらく、その場に立ち尽くしていた。
本当に、一人になったのだ。
師匠の煙草の匂いもない。アレンの穏やかな声もない。
聞こえるのは、窓の外で冷たい風が鳴る音だけ。
手首のボタンに、そっと指で触れた。
その小さな欠片が、遠く離れたアレンと自分を確かに繋いでくれているように思えた。
「……着いたわ、アレン」
誰もいない部屋で、小さく呟く。
私は窓辺へ歩み寄った。
灰色の雲の切れ間から、淡い月が覗いている。
同じ月を、アレンも見ているのだろうか。
私はもう片方の手で、手首のボタンを包み込んだ。
それから、ごく小さく旋律を口ずさむ。
母がまだ生きていた頃、眠れない夜に聞かせてくれた、ただの子守唄。
アレンが今夜だけは、穏やかに眠れますように。
師匠が、相変わらずぶっきらぼうに彼を見守っていてくれますように。
そして私が、明日もこの場所で、自分の足で立てますように。
祈りを乗せた小さな歌声が、冷たい夜の部屋へ静かに溶けていく。
ふと、昼間に出会った人たちの顔が脳裏に浮かんだ。
リナリー。
科学班のみんな。
それから、ラビと神田。
まだ、知らないことばかりだ。
この場所のことも。
ここで生きる人たちのことも。