第2章 【第一話】雪に残る歌
「でも……もう、お母さんを……苦しめないで……!」
叫びは、そのまま歌へ変わった。
白銀の光が、さらに強くなる。
異形の仮面が砕けた。
黒い身体が、粉々の粒子となって雪原へ散っていく。
最後の瞬間。
悲鳴が、不意に止んだ。
代わりに聞こえたのは、雪へ溶けてしまいそうなほど小さな声。
『ありがとう……』
そして、異形は完全に光の中へ消えた。
母を殺した存在は、もうどこにもいない。
けれど。
「お母さん……」
母の身体も、私の腕の中から失われていった。
黒い灰が、白い雪の上へ静かに落ちる。
その中から浮かび上がった淡い光だけが、私の周りを一度だけ優しく揺らめいた。
まるで、抱き締める代わりに触れてくれたように。
「嫌……」
私は手を伸ばす。
「行かないで……お母さん……!」
けれど、光は掴めなかった。
母の魂は、降りしきる雪の向こうへ静かに昇っていく。
悲劇の続きに囚われることのない、遠い場所へ帰っていくように。
やがて、光は消えた。
雪の上に残されたのは、母の身体ではなかった。
残っているのは、冷え切った銀の花飾りがついた細い髪紐と、黒い灰だけ。
私は震える指で、それを拾い上げた。
ついさっきまで、母の髪を飾っていたもの。
指先に触れた銀細工の冷たさだけが、母が確かにここにいたことを伝えていた。
「お母さん……」
声は、もう歌にならなかった。
ただ幼い泣き声だけが、白い雪景色の中へ落ちていく。
あの日。
私の中で、二つの何かが初めて目を覚ました。
一つは、母の魂へ届いた歌。
そしてもう一つは、異形を砕いた白銀の光。
幼い私はまだ、その正体を何一つ知らなかった。