第26章 【第二十五話】終幕なき夜・後編
「では、準備を」
男は満足そうに笑い、スタッフへ声を掛ける。
私は静かに踵を返した。
舞台袖へ向かう途中。
柱の影へ、一瞬だけ視線を向ける。
そこには、腕を組んだ神田が立っていた。
険しい顔。
先ほどまで支配人が私を見ていた場所へ、射抜くような視線を向けている。
今すぐ斬り捨てたいとでも言うような顔だった。
けれど、彼は動かなかった。
私は小さく頷く。
神田の眉間の皺が、さらに深くなった。
*
幕間。
劇場を満たしていたざわめきが、ゆっくり静まっていく。
赤い幕が開き、眩い光が舞台中央へ落ちた。
私は一人、その光の中へ歩み出る。
深紅のドレスの裾が、舞台床を静かに滑った。
観客席から、小さなどよめきが上がる。
誰だ。
新しい歌姫か。
そんな囁きが、幾重にも重なっていく。
私は舞台中央で足を止めた。
視線を伏せる。
そして。
歌が、静かに零れた。
最初の一音が、空間へ落ちる。
その瞬間。
劇場を満たしていた熱が、僅かに揺らいだ。
ざわめきが止まる。
観客達が、息を呑む。
私の声が、劇場の隅々へ染み渡っていく。
けれど同時に。
喉の奥へ、黒い糸が絡み付くような感覚が走った。
――いる。
この舞台の奥に。
歌へ引き寄せられるように、何かが蠢いている。