第26章 【第二十五話】終幕なき夜・後編
「……なるほど」
男の口元が、僅かに歪む。
「確かに、見目は悪くない。だが、我々が求めるのは、ただ美しいだけの歌ではない」
「承知しているわ」
私はそっと喉元へ手を添えた。
「悲しみを知らない声では、死者を想う心へは届かないでしょう?」
その瞬間。
男の瞳に、初めて興味が宿った。
「ほう……?」
私は一歩だけ距離を詰める。
「この舞台を、ただの見世物で終わらせるのは惜しいわ」
声を落とす。
「もし本当に、失った人を求める者達へ届く舞台を望むのなら……私に歌わせて」
静かな沈黙。
男は数秒、私を見つめた。
やがて。
「……面白い」
低い声が落ちる。
「ちょうど幕間に予定していた歌手が、急な体調不良で出られなくなってね」
わざとらしい言い方だった。
本当に体調不良なのか。
それとも、既に何かへ巻き込まれたのか。
胸がざわつく。
「君が本物なら、客はすぐに分かる」
男はゆっくり手を差し出した。
「今夜の幕間で、一曲歌ってもらおう。そこで私の期待に応えられたなら……次の幕で、君を我々の悲劇へ迎え入れよう」
私は小さく微笑んだ。
「光栄だわ」
男の手へ、自分の指先を僅かに触れさせる。
その瞬間。
喉の奥で、『ニルヴァーナ』が鋭く脈打った。
冷たい。
この男の奥にあるものは、人の悲しみへ寄り添う感情ではない。
壊れていく人間を見て、喜ぶ者の匂いだった。