第3章 【第二話】次へ繋ぐ手
それからしばらくして、私だけが先に本部へ向かうことになった。
インドの空は、朝からひどく白んでいた。夜の熱気をまだ残したまま、乾いた風が宿の窓をかすかに鳴らしている。
私は、簡素な寝台の上に置いた鞄へ、最後の荷物を詰めていた。
着替えが数着。手首から解いた、母の銀の髪紐。旅の途中で書き留めた小さな手記。
今までのように師匠の後ろを歩くのではなく、一人でその力を抱えて教団へ向かうのだと思うと、どうにも落ち着かなかった。
鞄の留め具へ指をかけた時、扉の外で足音が止まる。
控えめなノックが響いた。
「……ティファ、入ってもいいですか?」
アレンだった。
「ええ。どうぞ」
扉が静かに開く。
そこに立っていたアレンは、いつもの白いシャツに黒いズボンという旅装だった。
以前より背が伸び、身体つきも随分しっかりした。それでも、扉の前でわずかに指を握り締める仕草だけは、幼い頃から変わらない。
言いたいことがあるのに、どう言えばいいのか迷っている時の癖だった。
「……準備、終わったんですね」
「うん。あとは師匠から書類を受け取るだけ」
「そっか……」
アレンの視線が、閉じた鞄へ落ちる。
部屋に沈黙が落ちた。
窓の外から、早朝の街の音が遠く聞こえてくる。露店を準備する人々の声。荷車の軋む音。今日も何事もなく一日が始まっていく音。
アレンは、ここに残る。
師匠のもとで、まだ続く修練と旅の中へ。