第3章 【第二話】次へ繋ぐ手
「な、なんで僕が追い込まれてるんですか……!」
「……踏み込みはいい」
師匠は煙草を咥えたまま、肩を震わせていた。
壁に手をついたその距離で、ふわりと甘い香りがした。
……ん?
アレンの首元に顔を近づける。
「……甘い匂いがする」
油と、煮詰めたシロップの匂いがはっきりとした。
アレンが、びくりと固まる。
匂いの元を探して視線を下げると、白いシャツの襟元に、べたついた小さな染みがついていた。揚げ菓子の欠片まで。
「アレン。露店の揚げ菓子、食べたでしょう」
「……えっ」
「襟にシロップがついてるわ」
襟元の欠片を摘まんで見せると、アレンは口を開けたまま固まった。
「朝ご飯の前に、一人で買い食いしたのね」
「い、一個だけです!」
「ほんとに一個?」
「……二個です」
壁に手をついたまま問い詰めると、アレンは目を泳がせて黙り込んだ。逃げ道は、もうない。
「……尋問になってんじゃねぇか」
師匠が呆れたように煙を吐き、視線をちらりとアレンへ向ける。
「そいつが鈍い女なら、遠回しは通じねぇぞ」
アレンが、むせた。
鈍い人。なるほど、と私は頷く。それなら確かに、はっきり言わないと伝わらない。
「アレン。はっきり言った方がいいって」
「…………はい」
なぜか、アレンは地面に向かって返事をした。
「あとは」
師匠は立ち上がり、外套の埃を払った。
「そいつより強くなれ。話はそれからだ」
「じゃあ、訓練を倍にしないとね」
「倍!?」
「守りてぇんだろ」
師匠は喉の奥で笑いながら鍛錬場へ歩いていく。すれ違いざま、アレンの頭を乱暴にかき回していった。
私は壁から手を離し、ようやく歩き出したアレンの背中を、励ますつもりで叩いた。
「大丈夫よ、アレン。私も協力するから」
アレンは、なぜか泣きそうな顔をした。