第3章 【第二話】次へ繋ぐ手
ある夜。
月明かりが、窓から細く差し込んでいた。
私は眠れず、廊下を歩いていた。
アレンの部屋の前を通りかかった時、扉がわずかに開いていることに気付く。
中から、師匠の低い声が聞こえた。
「……そんなにマナが大好きだったか」
覗くつもりはなかったのに、扉の前から足が離れなかった。
ベッドの上で、アレンは膝を抱え、顔を伏せていた。
師匠は寝台脇の椅子へ座り、煙草も吸わずに彼を見ている。
アレンの身体が、小さく震えた。
「……あいつの口癖、覚えてるか」
師匠のその言葉に、アレンがわずかに顔を上げる。
顔の左側には、まだ腫れと赤みが残っていた。
泣くことさえできないまま、ただ師匠の声へ縋るように、じっと見つめている。
師匠は背もたれへ身体を預け、目を伏せた。
「立ち止まるな」
師匠にしては、ずいぶん穏やかな声だった。
「歩き続けろ」
アレンの目が、わずかに見開かれる。
「それが、あいつの言葉だったんだろ」
沈黙が落ちた。
アレンは再び顔を膝へ埋めた。布を掴む細い指に、強く力がこもる。
私は、扉の向こうで息を殺した。
胸の奥が、苦しくなる。
師匠は、アレンを一人にしなかった。
私は静かに踵を返した。
あの部屋へ、今の私が入る余地はない。