第3章 【第二話】次へ繋ぐ手
私は扉の外で、水差しを強く握り締めた。
何もできない。
部屋へ入って声をかけることも、痛みに触れることもできない。
ただ、彼の呼ぶ名前が、もう届かない相手のものなのだということだけは分かった。
「ティファ」
背後からマザーに呼ばれる。
振り返ると、彼女は皺の寄った手で、小さな盆を持っていた。
薄いスープと、水。
「これを中へ」
「……私が?」
「扉の前で突っ立ってるくらいなら、少しは役に立ちな」
マザーは私の水差しを受け取り、代わりに盆を差し出した。私は恐る恐る部屋へ入った。
師匠は窓際の椅子に座り、煙草を指に挟んだまま、ベッドのアレンを見ていた。
「……置け」
短く言われ、私は寝台脇の小机へ盆を置く。
アレンは目を開けていた。天井を見つめたまま、瞬きもほとんどしない。
「……アレン」
名前を呼んでも、その目は動かなかった。
母を失った時、私は声を上げて泣いた。この子には、それさえできないのだろうか。
「出ろ」
師匠に言われ、私は唇を噛んだ。
「……でも」
「今のお前にできることはねぇ」
何も言い返せず、俯いたまま部屋を出た。
扉を閉める直前、もう一度だけアレンを振り返った。
彼は変わらず、何も見ていない目で天井を見つめていた。