第14章 【第十三話】夜明けまで、この手を
処置が終わる頃には、窓の外はすっかり暗くなっていた。廊下には弱いランプの灯りが落ち、遠くで看護師たちの足音だけが静かに行き交っている。
「では、お二人はこちらへ。女性用の個室と、男性用の空き部屋を用意しました。今夜は安静にしてください」
「ありがとうございます」
隣のラビは、なぜか動かなかった。
「……ラビ?」
「いや……別に」
歯切れの悪い返事だった。その視線が一瞬だけ、私の右腕へ落ちる。白い包帯の上に、僅かな赤が滲んでいた。
看護師は気付いた様子もなく、穏やかに続ける。
「夜中に熱が上がるようなら、すぐ呼んでくださいね。少年については、こちらで責任を持って経過を見ます」
看護師が廊下の向こうへ消えると、残されたのは私とラビだけだった。
ラビはまだ動かない。壁へ凭れたまま、目を伏せている。
「……私、すぐには眠れそうにないわ」
ラビの翠の瞳が、ゆっくりこちらへ向く。
「ねぇ……少しだけ、話していかない?」
「……お前さ」
掠れた声が、途中で止まった。
言いかけた言葉を飲み込むように視線を逸らして、ラビは小さく笑った。
「……オレは別室行く。これ以上ここにいたら、本気でじじいに殺される」
いつもの軽口なのに、歩き出した背中は、どこか迷うように遅かった。
その背中を、このまま見送ることはできなかった。
「ラビ」
彼の足が止まった。
「最後に勧めてくれた本、まだ感想を言えてないの」
「……それ、今言うんさ?」
「だって、感想を言わないと、次のを置いてもらえないでしょ?」
「……次、ね」
小さく繰り返して、ラビは振り返った。困ったように笑っている。
「ったく……聞いてやるよ、感想」
その足は、もう別室へは向かっていなかった。