第14章 【第十三話】夜明けまで、この手を
医師の表情は、晴れなかった。
「ただ……記憶と反応に深刻な障害が見られます。名前も、年齢も、家族のことも答えられません。問い掛けへの反応も極めて薄い」
医師は、カルテへ視線を落とした。
「どれほどの時間、あの状態で留め置かれていたのかは分かりませんが……失われた記憶が戻るかどうかは、今の時点では何とも言えません」
私は静かに視線を伏せた。
――また、だ。
もっと早く見つけられていたら。
もっと強く、私の歌が届いていたら。
不意に、頭へ温かな重みが落ちた。
「……考え込み過ぎさ」
はっとして顔を上げる。ラビの大きな手が、私の頭へ軽く触れていた。
「生きてんだろ、あいつ」
翠の瞳が、真っ直ぐこちらを見る。
「お前が繋いだんさ」
私は、一瞬言葉を失った。
ラビは離しかけた手で、最後に一度だけ、慰めるように銀髪を梳いた。
「……だから、そんな顔すんな」
沈んでいた痛みが、少しだけ軽くなった。
――どうして、この人の言葉だと楽になるのだろう。
「こらこら。焼けた腕で、頭なんか撫でるんじゃない」
年配の医師が、呆れたように割って入る。
「そっちの彼、火傷だけじゃない。相当深くまで熱が入っている。あと数回、同じ使い方をしていたら、本当に腕が動かなくなっていてもおかしくなかった」
思わず、ラビを見る。彼は気まずそうに視線を逸らした。
「大袈裟さ。……まだ動くし」
「そういう問題じゃないでしょう」
思わず声が強くなって、ラビがぴたりと黙る。
少しの間を置いて、ラビは観念したように小さく息を吐いた。
「……分かったさ。そんな睨むなって」
困ったように笑うその顔から、目が離せなかった。