第2章 【第一話】雪に残る歌
季節が一つ巡る頃、私たちは町外れの屋敷に滞在していた。
教団の正式な施設ではない。師匠たちの活動を陰で支えるサポーターの邸宅だと聞かされた。石造りの古い屋敷は華美ではなかったが、長い年月を経たものだけが持つ、静かな気品を纏っていた。
その家の主は“マザー”と呼ばれている。小柄で杖をついた老婦人。その瞳は鋭かった。
初めて会った時、私は何も話していないのに、自分の抱えているものすべてを見透かされたような気がした。
傍らには、バーバと呼ばれる大柄な男がいつも控えていた。
「クロスに拾われたってことは、随分と面倒な子なんだろうね」
それがマザーの第一声だった。
私はどう答えればいいのか分からず、黙って俯いた。するとマザーは杖の先で床を小さく叩いた。
「ここでは騒ぐんじゃないよ。泣くのは構わないが、食事を残すのは許さない」
その日の夜、出されたスープを一口飲んだ瞬間、涙が止まらなくなった。
――母を失ってから、こんなに温かいものを口にしたのは初めてだった。
マザーは理由を聞かず、ただ、私が食べ終わるまで黙って同じ部屋にいてくれた。
屋敷で過ごしている間も修練は続いた。
朝は歌の制御。昼は身のこなしと体力作り。そして、ニルヴァーナを扱う訓練。夜は師匠が持ち帰った資料を読む。
AKUMA。千年伯爵。黒の教団。イノセンス。セトラ。知らなかった言葉が、少しずつ私の世界を塗り替えていった。
母が何から私を守ろうとしていたのか。自分の中に何が眠っているのか。知れば知るほど、重たいものが積もっていく。
それでも私は歌った。何度も、何度も。痛みを忘れないために。母の最期を無意味なものにしないために。